フリーランス

自衛隊を辞めて詐欺に遭い、借金生活…そんな僕が勇気を出して起業したわけ

今回LIFEで紹介するのは、元自衛隊員が起業した話。
自衛隊をやめ、詐欺に遭ったことで借金生活に陥った彼は、なぜ起業することができたのか。そこには何度失敗しても挑戦し続ける理由があった。
そして彼がこれから挑むファッションビジネスとは?

ド田舎で苦労しかしなかった過去

 

出身

 

1991年3月5日生まれ

北海道樺戸郡新十津川町に生まれた。

1日に電車が3本しか止まらないようなド田舎。

 

父母、姉、私、弟の5人家族。

 

私の性格は兄弟の中では王様的な感じで全て自分の思い通りに行かないと気が済まない自己中で頑固な性格、そのくせ他人となんでも比べて劣っているとネガティブになってしまう性格がすごくコンプレックスであった。

もっと自分を出せる熱中できる何かが欲しいとよく思っていた。

子供の頃はテレビが好きで芸能人やどこかの社長とかが出るお金持ち自慢番組を見て自分もそうなりたいと考えていた。

父は元自衛隊だったので生活面は苦労することなく普通に過ごしていたがテレビで見る有名人のような生活がしたいと思い物足りなさを感じていた。そして毎日仕事から疲れて帰ってくる父の姿に自分も大人になったらやりたくもないことを仕事にしないといけないのかなと感じた。だから私は好きなことを仕事にしていこうと思うようになった。

 

 

人見知りが災いして苦労ばかりした学生時代

 

私はかなり人見知りで仲良くなるのに時間が掛かった。けどスポーツが得意だったお陰でコミュニケーションが取れ友達と仲良くなれたことが多かったが親友と思える友達は1人だけしかない。

勉強がとにかく嫌いでイジメこそなかったものの、勉強で人を判断されるような友達付き合いが多い感じがしてスポーツ以外は仲間外れにされてる感じがあった。

小1〜小4まではホント勉強嫌いでテストは0点が当たり前、勉強をしたのは5.6年生時のみ、それも先生が怖くて必死に勉強していた。中学、高校も勉強したって将来役にたつわけないといつも赤点ギリギリ。

この頃、世の中は勉強が出来ないと認めてくれないのかと思うようになり何かするにも消極的になってしまった。少しずつ自分の殻に閉じこもるようになった。普段は話かけるなオーラを出し暗い少年という感じ、でも体育の授業だけ異常に元気で周りからも「体育の時だけ元気だな」とよく言われていた。自分の居場所がなくて本当に辛かった。

周りから見ると変わり者だったかも…でも勉強出来なくたって将来何かで見返せるくらいになってやるってよく思っていた。

 

 

そんな私が抱いていた一つの目標

父に人生を決められ自衛隊へ

そんな私が起業したいと思い始めたのは小学校の時だった。周りの大人達に「大きくなったら遊べなくなるから今の内にたくさん遊んでおいた方がいいぞ」と言われて「なに言ってんだ?コイツ」とちょっとイラッとした。

それはオレの人生勝手に決めんなよって思ったからだと思う。

父が毎朝決まった時間に仕事に行っているを見ててずっと働くのは大変だなぁっとよく思っていた。その時に初めて社長になっちゃえば好きな事で楽しく暮らせるって思ったのをよく覚えている。

この時やってみたいと思ったのがファッション関係の仕事だった。それは母が服を買ってくれる時に色の組み合わせなどを色々と教えてくれたことが楽しかったから少しずつ興味が出てきた。そしてなにより、その服を着て友達に「オシャレだね」「その服いいね!」って言われるのが嬉しかった。

それもあってファッション関係の会社を起業してみたいと思っていたのがきっかけである。

だが人にバカにされると思い言えず、高校生活も残り半年という時期に就職活動が始まった。

早く社会には出たいと思っていたが、起業するにも何から始めたらいいか分からず、「どうせオレには無理だと思い」どうしようかと毎日悩んでいた時に父に「自衛隊に入ってみないか?」「4年間でもいいから入隊した方がいい」といわれ正直、あまり乗り気ではなかった。大学いきながらやりたい事見つけようと思ったが今まで勉強をしてこなかったので大学には行けず、就職しないと周りの目もあるし、親に迷惑は掛けられないと思いとりあえず自衛隊の試験を受けた。

結果、私の時代は名前書けば入れるような時代だったので合格した。

高校も卒業して自衛官として教育期間がスタートした。朝、ラッパの音と共に6時に起床点呼、食事も列を組んで走って食堂に行き飲み込むように食事を10分で終わらせすぐ訓練という生活を半年間、教育が終えて部署配属となり北海道のド田舎に配属され、住まいは敷地内の寮、最初は新人といことあり外出もできず、ほぼ刑務所みたいな生活をしていて働いてるうちこんな所にいたらおかしくなると思い、昔から東京に行きたいと思っていたので何か良い方法はないかと考えた結果。千葉県の習志野にある自衛隊の中でも精鋭部隊と呼ばれる第1空挺団に行けば都会にも行けるし刑務所みたいな生活から抜け出せると思い上司に転勤を申し出た。

そして適正訓練を受けるため2ヶ月半千葉県に移りめちゃキツい訓練を受け無事合格できた。幼い時から都会に憧れていたのでかなりワクワクしていた。

そして、2年目に転勤して憧れだった都会と第1空挺団で勤務する事になったが想像を超える厳しさが待ち受けていた。仕事で気の効いた行動が出来ていないとかやサボってるって様な行動をとると夜中に1期上の先輩に同期全員呼び出され全員で腕立て伏せ。たまに暴力もあり辞めたいと思う日もあった。

訓練もかなりハードでパラシュート部隊に所属していたので飛行機から飛び降りた後15キロくらいある食料などが入ったリュック背負って100キロを3日かけて歩いたりなど今ではいい思い出だが当時は本当に失敗したと後悔していた。でもかなり年上の先輩方にかなり可愛がられた。同期の中でも一番可愛がってもらっていたと思う。それもあってなんとかやってこれた。

 

3年目、後輩も入ってきて本当に楽になりそこそこ楽しかったが、だんだん子どもの頃に父の働く姿を見て疑問を抱いていたのを思い出してきた。朝から夜まで決まった時間まで仕事、頑張っても頑張らなくても貰える給料にだんだん飽きてきた。だったら頑張って沢山稼ぎたいと思った。

そして当時上司に辞める話をした時、「自衛隊は大変だけど将来的に安泰だから辞めずに続けた方がいい」と言われたその時、この先やりたいこともせず我慢していかないとダメなのかと考えたときに一気に冷めてしっまた。

私は一度きりの人生で何か大きなことと成し遂げたいと思っていたし、 子どもの頃、社長になれば好き事やって楽しく暮らしたいと思ったことや都会に出てきたのも憧れもあったが何かチャンスもあるんじゃないかとわざわざ北海道から出できたの事を色々と思い出し自衛隊を辞める事を決意。

 

自衛隊をやめるも詐欺に遭う

甘い話に何も考えずに乗っかてしまう

4年目、自衛隊の最後の1年は何かビジネスチャンスはないかと探していた。当時まだ流行っていたmixiで色んな人と交流をし、その中である人にビジネスを紹介された。

それがイギリスでは有名なブックメーカーというスポーツギャンブル、これの勝敗を予想出来るというソフトを紹介された。田舎者で世間知らずの僕は話を聞いて凄いと思いそのソフトを80万で即購入。

よく考えればそんなうまい話はないと気付くべきだったが、僕は全て鵜呑みにしてしまった。

そしてそれを人に教えれば数万円のキャッシュバックがあるということで色んな人に教えたが当然買うはずもない。それから数ヶ月したらその会社が消え消費センターに問い合わせたら同じ内容が何十件もあると聞かされ、その時に初めて騙されたと気付いた。そして借金だけ残った。

それでもやっぱり成功したいと思い今度はMLMでめちゃくちゃ有名なネットワークビジネスの話も聞いてこれも凄いと思いすぐ入会。

その頃、就職活動も終わり自衛隊は4年で退職。物流関係の仕事とネットワークビジネスを頑張ろうと自衛隊の退職金を製品に注ぎ込んだ。そして周り見えなくなるほどのめり込み、ネットワークビジネス以外に稼げる仕事はないと洗脳されたように商品をただ使っていた。そして数ヶ月後自衛隊で過保護に育って世間知らずの私に最悪な出来事が起きた。

それは、税金だった。そこからネットワークビジネスの商品と税金の支払いで借金地獄が始まった。仕事しても生活費は赤字、貯金も底をつき、当時、付き合っていた彼女の家に転がり込む。

後にその彼女と結婚してから両親に借金をしたり返済を繰り返しながら生活していた。

ネットワークビジネスも辞めてようやく周りも見えるようになりネットワークビジネス以外でも稼ぐ方法はいくらでもあると思い真面目に働こうと決意しリフォーム業者に就職したが入社2ヶ月目20人近くいた同期が3人のみ。1年後には自分だけ。そうそこは、とんでもないブラック企業だった。顧客を平気で騙してリフォームの仕事をとるのが当たり前、仕事を持ってこれないと客宅にいるのに電話で30分詰められる。なんとか2年続けたがさすがにもう駄目だと思い。転職先も決まっていない状態で退職。

この頃、まだ自分には絶対になんかの仕事で起業したいと思いがあった。

 

次こそちゃんとした仕事に就きたいと思い転職活動をした。その際に妻には、安定した所がいいと言われており、もちろんそうするつもりだったがある会社の面接に行った時に個人事業主として契約して給料は完全歩合制でここである程度の基準を満たすとオーナーとして自分の会社を持てると話がありそこでも、また欲望の落とし穴にハマった。その仕事はウォーターサーバーの飛び込み営業で契約もちゃんと取れてたし2ヶ月で昇格も出来たが家族を養うまでの給料は稼げなかった。契約を取ってキャンセルになれば報酬もその分減るのでまた借金が増えて行く生活が始まった。

そして、とうとう交通費さえも出せなくなって仕事に行けず飛んだ形になり辞めてた。

 

騙されても諦めない

やっぱりそれでも私は起業したい

次の就職先を探すにもまた失敗したという思いで精神的にかなり病んでおり1ヶ月間、家にこもった。ネットで仕事を探してもまた、やめてしまうだろうと思いボっーとしている日々が続き人生の終わりもチラついた。

だが生活のために何とか働かないと思いとりあえず、派遣等の仕事はした。マルチ商法で騙され、ネットワークビジネスでも失敗し、かといって就職してもいい仕事に就けるわけでもなかった。

成功したいという思いはまだある、でも何度も失敗したことで心はどんどん荒んで落ち込んでいき、目の前のことに挑戦するのが怖くなった。家族との生活ももちろん考えないといけない、また自分の行動でたくさんの負担を掛けてしまったらどうしよう起業するにも何かと経費はかかる悩み考える毎日。でも、やっぱり頭から「成功してやる」という思いは絶対に離れることなく携帯を開けばネットで起業について調べていた。

なにかやっては失敗でもまたなにか始めたいと探し始める。

その時に私は失敗してもまた次に行こうと、成功出来るまで挑戦してやろうと思った。

 

起業家になるための第一歩

好きなことを仕事にするのが成功への近道

ファッションが好きと言ってもそれだけでは続かないと思っていた。

何が必要か考えた結果出来る事をまず増やしていこうと思った。その延長で本当に好きな事をやろうと決めた。

私は数々の失敗をして落ち込んではいたが何かないかとまたアンテナは張り続けた。すると、やっぱり可能性は見つかる。ある日携帯で起業の事について探していると起業家になりたい人の為の支援サイトを見つけた。「これだ!」と思い応募してみた。支援もタダではなく選考があり受かるか不安であったがなんとか選考は通った。

この時「よっしゃっー」という気持ちと「また騙されてないかな」っていう不安な気持ちがあった。ネットビジネスは私にできるのかという不安だらけ、採用を辞退しようかとも考えたがいくら考えても絶対成功して人生変えてやるという思いだったのでやってみることにした。

 

 

失敗ばかりでも努力し続ける

最初はうまくいかない

稼げない人に絶対的に足りないのは考え方、つまり脳みその部分だ。できる人、稼いでいる人は少しうまくいかなくても自分を疑わない。きっと稼げると信じている。

対して、雇われ脳の人たちはその時間働けば給料をもらえるのが当たり前だ。だからそれに慣れてしまって我慢して長期的に頑張ることを忘れてしまう。受け身で、誰かに与えられるのを待っている。それでは稼げるわけがない。

そこでまずは私より先に進んでいる人の話や考え方を聞く。

まず、ここからはじめようと思いあらゆるものを真似した。

作業も1つひとつなんの為にやっているのか理解をしてやり続けた。

そして毎日1日の終わりにノートになりたい自分や今の気持ちを書き出していった。これは自分の方向性だったり、そうやってイメージする事が大事だと思い、ひたすら書き続けた。

 

こういうルールを自分に課し、毎日それを続けた。

正しい方法で正しい努力を続ければきっと報われると信じ、ひたすらに続けた。

それでもなかなか上手くいかない事の方が多かった。それでも諦めず、何がダメだったか確認しながら一個ずつ確実にやっていった。

 

ようやく成果が出る瞬間が

諦めずに努力し続けると

当然ながら、最初から成果が出るわけもない。正直、何度も成果が出ないことに落ち込んだし、自分を疑いかけた。それでも私を支えてくれたのは仲間たちだった。彼らは月数百万稼いでいるのにも関わらず一円も稼げていない私を応援し続けてくれた。

すると、少しずつ成果が出るようになり、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月と報酬も上がり半年後には目標にしていた60万を達成できた。サラリーマン時代の二倍になった。

なんでも小さい積み重ねが大きな成果に繋がるんだと思った。これからも更に収入を増やし達成出来ていない目標を次々と叶えて行こうと思う。

まだ準備段階ではあるが、このネットビジネスで誰もやったことないようなファッション関係の仕事を将来的にしたいと思っている。他にも投資家として私と同じように起業したいと思っている人の支援を出来るようになりたいと思い始めた。